Hey, Siri. 30分はかって。
30分でどれだけ書けるかよくわからないけど、決めた時間で書けるだけやってみる。とにかくゆるい感じでその時書きたいことをバッと書いてみようという試み。続くかもしれないし、続かないかもしれない。
疲れのサイン。
松子さんのブログを拝見して、そういえば自分の疲労のサインってなんだろうなと思って最近考えていた。
https://www.gudagudaol.com/entry/2021/02/22/230421www.gudagudaol.com
疲れのサイン、いろいろあるけど、「夜中に起きて排水溝掃除しだす」「床で力尽きる/机に突っ伏したまま朝を迎える」「ベッドについて布団を被らず力尽きる」あたりかなぁ……
— え🐮 (@___karg) 2021年2月22日
わたしの場合、身体的な疲労度は寝落ちの具合に現れやすい、というか、寝落ちるほど疲れているということなんだろうなと思う。大体次のような順で疲労度が上がっていく。
- ベッドに臥せって布団は被らずに朝を迎える
- 食卓に突っ伏したまま気がつくと朝
- 床に転がって力尽きる
- 玄関で寝る
今は在宅ベースの仕事なので玄関で転がることは無くなったが、仕事終わりに仕事用の机で突っ伏してそのま寝入ってしまう、というのは稀によくあって、なんというか、すごく限界OLっぽい感じがある。
その日の仕事が波に乗ると寝食を忘れることがあり、そういう日は体力が空っぽになるまで働けてしまうので在宅勤務は便利だなぁと思いつつ(通勤があった時分は、体力が尽きて退勤後にお手洗いからしばらく動けなくなることが度々あった)、これは本当に持続的な労働ライフではなく、体力ベースで仕事をすることをやめなければいけないなとは思う。上司からはApple Watchの導入を強めに勧められている。
精神的な疲労感は大体次のようなサインで現れる。現れ始める順と疲労度は比例しないので、疲労の性質の問題によっているのだと思う。
- 帰宅が深夜になっても帰ってそこからお菓子を焼き始める
- 焼き上がりが2時、3時になっても気にしない
- 夜中に排水溝掃除を始める
- インスタント麺、とりわけインスタントの焼きそばを食べたくなる
- 早朝に目が覚めてウォーキング、ランニングをしたくなる
- 仕事へのやる気が喪失する(普段もそんなにやる気あふれた会社員ではないが……)
排水溝掃除だったりお菓子作りだったりは、ゴールが明確で、かける労力に対して達成感が一定程度見込めることから、比較的軽微な精神疲労に対して、持ち直しのような意味合いがあるように思う。日頃の労働で判断疲れをずっと起こしている状態なので、無心になって取り組むことができるもの、成果が明確になるものというのは心の安定に役に立つ。
早朝のランニングは完全に眠りが浅くなっているせいだが、終電帰りが続いていた時期によく5時に起きて走りに行き、ひとしきり走ってからまた出勤する、みたいな働き方をしていた時期があった。今思えば狂ってるなぁ……、という気もする。一種のハイの状態というか。今はもう多分できない。
新卒時代、自分の限界を知るチャンスだと思ったところがあって、内定をいただいた会社の中から一番ハードワークなイメージがある会社に就職することを決めた経緯があり、不調のサイン・疲労のサインみたいなものはおよそ全てその時に経験した。
当時の職場の先輩からは、一時的な睡眠不足は取るに足らないものとして、好きなことをする時間は必ず確保すること、という教えを賜った。精神的な疲労を持ち越してしまうと体の奥底に根付いて長期的に影響が出るから、そうなる前にうまく処してしまうということだと理解して、それ以来なるべく気をつけるようにはしている。
例えば入浴剤を入れてちゃんと湯船に浸かってみたり。
ちょっと贅沢だなと思う食事をしてみたり。
20代後半あたりから、例えば山奥のこじんまりとした旅館で食べる蒸し料理みたいな、食材のそのものの味がはっきりとわかる食べ物のことを贅沢だなと感じるようになった気がする。早くそういう食事のために遠出ができるようになると良いなと願うばかりだ。